2006年 12月 24日
「監査の本質」を、現場をしらないで、勝手に議論するなと、私はいいたい。 |
自宅に配達されているJICPAジャーナル、公認会計士協会の機関紙が、2007年1月号より「会計・監査ジャーナル」と名前が変わったようですね。
公認会計士をしているとこういう協会関係の郵便物は実に多く(ゆえに、某会計士予備校の合格祝賀会で毎年配られるのは、電動の郵便物オープナーでした)その他、東京会の会報、勧誘レターと、机の上に山積みの書類を片付けるのは、一時帰国中の大事な用事です。
その中で、「なにこれ」と声を出してつぶやいてしまったのが、2ヶ月ほど前に配達されていた、とある、公認会計士関連団体の会報。ある著名な会計士先生方の談義形式なのですが、「監査の本質と法改正」と題するその対談はあまりにも突っ込みどころ満載で、荷造りをするのを放棄して読み込んでしまいました。
突っ込みどころ1:のっけから「わたしはパソコン画面スクロールしながら調書レビューすることなどできない」「まったくそのとおりです」と同意しあうおじい様がた。
えーとこれ、2006年10月の会報ですよね?1996年10月じゃないですよね??このかたがたは、いつの時代を生きている会計士なんでしょうか。ここ数年、現実の監査現場に足を踏み入れたこともないというのがこの発言から容易に推測できます。
監査において使う数値データ、文書データは膨大なものです。クライアントがほとんどのドキュメントを電子化している以上、当たりまえのなりゆきですね。ゆえに、データを電子ファイル化し、監査を効率化するというのは、アメリカでは10年以上前からBIG4がはじめた取り組みで、私が3年前に渡米した際にはすっかり監査は「PC上でやるもの」でした。現在では、日本の大手監査法人のほとんどが調書を電子化して管理していると聞いています。
はっきりいって、それでぬけおちる情報などまったくないし、電子調書を使ったら監査の判断が一定のフレームワークにはめられて、自分の頭で考えなくなる。。。などという、大先生の主張はまったくとおりません。むしろ、情報を整理した形で見れること、目より正確な「検索」機能などをつかってより効率的にに文書を見ることが可能なはずです。
現場サイドの言い分としては「パソコン苦手だからそんな調書はレビューできない」とかいうじいさまには、エンゲージメントを外れてご引退いただくしかございません。(。。。といって、現実そういう先生が、結構多いようですが)
電子化は、改ざんをしにくくすること(Date Stampなどを採用することで、保管期間に入って以降の改ざんをたどることなど電子化したほうがよほど正確にできるので)キャリーオーバー(昨年からの引継ぎ)の容易化、多数の拠点のクライアントを監査するに置いての調書管理の容易化など、メリットはおおいと思います。そもそも会社が会計帳簿をすべてデータでもっているという現状をかんがみたら、監査法人がいつまでも大量の紙ファイルなど抱えて監査していては、まったくもって「時代の変化についていけていない」ことを露呈しているということです。
つまり、偉い先生方は、最近のプラクティスを何もご存じないことを無防備に、全国の公認会計士に配布される会報で知らせているわけです。そういう方が公認会計士方の改正に大きくかかわっていらっしゃるようなのですが、大丈夫なんでしょうか?
突っこみどころ2:「外部の監査のわからない人間に監査のチェックなどできない」という発言の数々。「外部の人間からはフレームワークに当てはめることを強制され、一つ一つの判断が損なわれる」と言う主張。
そういう発想こそが「カネボウ」を筆頭にした昨今の監査における不祥事をはぐくんだ、と私は考えます。「実際に業務を遂行した人間以外理解できないような書類」があるなんていうのは、内部統制上の問題でしかないでしょう。整然と、一定の基準に基づいてドキュメントされた上で、個々の会計士の判断が「合理的に説明されている」というのが監査調書で、「俺が専門的判断でいいって思ったんだからいいんだ」などというのは通りません。
私のブログを読んでくださっている方のなかでも、会計士以外で、「監査ってどういう手続きで、どういう社会的役割を果たしている」とご存知の方は、そんなにいないだろうな、と思います。たとえ、非常に高度に知的な職業につかれている方であっても「あんまり興味ないし」「よくわかんないし」というのが私たちの仕事でしょう。それは、説明不足もあると思うんですよね。
わかりにくいものをわかりやすくし、世の中の人々に認めていただくと言うのがするべきことであって、「外部の人間にはわかるわけないんだ」などと偉そうなことをいうのは、責任の放棄です。監査人も、「外部の人間から見ても合理的でわかりやすい」監査証跡を残し、説明責任を果たすことが必要なはずです。
(そうでないと、いざというとき、「ちゃんと監査していて」も、訴訟に勝てません。。。この、訴訟を念頭に置いた監査、と言うのに先生方は嫌悪感を抱いていらっしゃるようですが、それが現実なのです。時代はもう変わっているんです。)
突っ込みどころ3:「外でもチェックしてくれるから」というのは、個々の監査チームの責任感の低下、会計士協会全体の精神的独立性にかかわる由々しい問題。なんですか?
・・・監査基準って改正されて監査人には高度な人格が必要だとかいう文言なくなったんでしたっけ?誰かがチェックしてくれるから手抜いてもいいかな、なんていう甘い発想で現在監査に取り組んでいる会計士は私は見たことないですよ。周りからチェックされると言う意識は、「ちゃんと証拠を残さないと」という意識につながりこそすれ、「独立性を失う」類のものではないはずです。
ところで、その討論のそもそもの趣旨は、「現在かわりつつある、監査法人をめぐる法制度」に関し、監査業界からの参加と提言をかんがえる、といったものでして、それは非常に良いことだと思いました。
実際、頭に血が上ったままざーっとよんだ議論のなかで、「監査法人に有限責任性を取り入れるべき」「中小の監査法人を育成する素地をつくるべき」「刑事罰制度は意味がないのでなくすべき」と言ったあたりの議論は、十分、筋の通るものなのです。
が、こうやって「内輪受け」な発言ばかりする先生方が主張すると、世間からは「自分の保身を考えているんでしょう」とかんぐられかねない。
さてさて、今後はどうなることやら、、、と暗澹たる気持ちになりました。
監査法人の研修では、テクニカルなことを勉強されるのも結構ですが、「フラット化する世界」あたりを課題図書にしていただいてもいいかもしれないですね。読んで意味のわかるおじいちゃん先生がどれだけいるか、と言うのが悲しい現実かもしれませんが。
公認会計士をしているとこういう協会関係の郵便物は実に多く(ゆえに、某会計士予備校の合格祝賀会で毎年配られるのは、電動の郵便物オープナーでした)その他、東京会の会報、勧誘レターと、机の上に山積みの書類を片付けるのは、一時帰国中の大事な用事です。
その中で、「なにこれ」と声を出してつぶやいてしまったのが、2ヶ月ほど前に配達されていた、とある、公認会計士関連団体の会報。ある著名な会計士先生方の談義形式なのですが、「監査の本質と法改正」と題するその対談はあまりにも突っ込みどころ満載で、荷造りをするのを放棄して読み込んでしまいました。
突っ込みどころ1:のっけから「わたしはパソコン画面スクロールしながら調書レビューすることなどできない」「まったくそのとおりです」と同意しあうおじい様がた。
えーとこれ、2006年10月の会報ですよね?1996年10月じゃないですよね??このかたがたは、いつの時代を生きている会計士なんでしょうか。ここ数年、現実の監査現場に足を踏み入れたこともないというのがこの発言から容易に推測できます。
監査において使う数値データ、文書データは膨大なものです。クライアントがほとんどのドキュメントを電子化している以上、当たりまえのなりゆきですね。ゆえに、データを電子ファイル化し、監査を効率化するというのは、アメリカでは10年以上前からBIG4がはじめた取り組みで、私が3年前に渡米した際にはすっかり監査は「PC上でやるもの」でした。現在では、日本の大手監査法人のほとんどが調書を電子化して管理していると聞いています。
はっきりいって、それでぬけおちる情報などまったくないし、電子調書を使ったら監査の判断が一定のフレームワークにはめられて、自分の頭で考えなくなる。。。などという、大先生の主張はまったくとおりません。むしろ、情報を整理した形で見れること、目より正確な「検索」機能などをつかってより効率的にに文書を見ることが可能なはずです。
現場サイドの言い分としては「パソコン苦手だからそんな調書はレビューできない」とかいうじいさまには、エンゲージメントを外れてご引退いただくしかございません。(。。。といって、現実そういう先生が、結構多いようですが)
電子化は、改ざんをしにくくすること(Date Stampなどを採用することで、保管期間に入って以降の改ざんをたどることなど電子化したほうがよほど正確にできるので)キャリーオーバー(昨年からの引継ぎ)の容易化、多数の拠点のクライアントを監査するに置いての調書管理の容易化など、メリットはおおいと思います。そもそも会社が会計帳簿をすべてデータでもっているという現状をかんがみたら、監査法人がいつまでも大量の紙ファイルなど抱えて監査していては、まったくもって「時代の変化についていけていない」ことを露呈しているということです。
つまり、偉い先生方は、最近のプラクティスを何もご存じないことを無防備に、全国の公認会計士に配布される会報で知らせているわけです。そういう方が公認会計士方の改正に大きくかかわっていらっしゃるようなのですが、大丈夫なんでしょうか?
突っこみどころ2:「外部の監査のわからない人間に監査のチェックなどできない」という発言の数々。「外部の人間からはフレームワークに当てはめることを強制され、一つ一つの判断が損なわれる」と言う主張。
そういう発想こそが「カネボウ」を筆頭にした昨今の監査における不祥事をはぐくんだ、と私は考えます。「実際に業務を遂行した人間以外理解できないような書類」があるなんていうのは、内部統制上の問題でしかないでしょう。整然と、一定の基準に基づいてドキュメントされた上で、個々の会計士の判断が「合理的に説明されている」というのが監査調書で、「俺が専門的判断でいいって思ったんだからいいんだ」などというのは通りません。
私のブログを読んでくださっている方のなかでも、会計士以外で、「監査ってどういう手続きで、どういう社会的役割を果たしている」とご存知の方は、そんなにいないだろうな、と思います。たとえ、非常に高度に知的な職業につかれている方であっても「あんまり興味ないし」「よくわかんないし」というのが私たちの仕事でしょう。それは、説明不足もあると思うんですよね。
わかりにくいものをわかりやすくし、世の中の人々に認めていただくと言うのがするべきことであって、「外部の人間にはわかるわけないんだ」などと偉そうなことをいうのは、責任の放棄です。監査人も、「外部の人間から見ても合理的でわかりやすい」監査証跡を残し、説明責任を果たすことが必要なはずです。
(そうでないと、いざというとき、「ちゃんと監査していて」も、訴訟に勝てません。。。この、訴訟を念頭に置いた監査、と言うのに先生方は嫌悪感を抱いていらっしゃるようですが、それが現実なのです。時代はもう変わっているんです。)
突っ込みどころ3:「外でもチェックしてくれるから」というのは、個々の監査チームの責任感の低下、会計士協会全体の精神的独立性にかかわる由々しい問題。なんですか?
・・・監査基準って改正されて監査人には高度な人格が必要だとかいう文言なくなったんでしたっけ?誰かがチェックしてくれるから手抜いてもいいかな、なんていう甘い発想で現在監査に取り組んでいる会計士は私は見たことないですよ。周りからチェックされると言う意識は、「ちゃんと証拠を残さないと」という意識につながりこそすれ、「独立性を失う」類のものではないはずです。
ところで、その討論のそもそもの趣旨は、「現在かわりつつある、監査法人をめぐる法制度」に関し、監査業界からの参加と提言をかんがえる、といったものでして、それは非常に良いことだと思いました。
実際、頭に血が上ったままざーっとよんだ議論のなかで、「監査法人に有限責任性を取り入れるべき」「中小の監査法人を育成する素地をつくるべき」「刑事罰制度は意味がないのでなくすべき」と言ったあたりの議論は、十分、筋の通るものなのです。
が、こうやって「内輪受け」な発言ばかりする先生方が主張すると、世間からは「自分の保身を考えているんでしょう」とかんぐられかねない。
さてさて、今後はどうなることやら、、、と暗澹たる気持ちになりました。
監査法人の研修では、テクニカルなことを勉強されるのも結構ですが、「フラット化する世界」あたりを課題図書にしていただいてもいいかもしれないですね。読んで意味のわかるおじいちゃん先生がどれだけいるか、と言うのが悲しい現実かもしれませんが。
by lat37n
| 2006-12-24 09:40
| 会計監査


