2005年 11月 01日
おとぎの国で。 |
今週はBayareaの対岸に出張中です。片道、トラフィックがなければ1時間半切るんですが、やはり通勤時間帯には2時間かかります。
ということで、見事に何もない街でのステイです。あまりにも何もないので、夜も仕事か、ブログのエントリを上げるくらいしかすることがありません。
そんなわけで過ぎ去ったハロウィンに関してのお話です。。。
1年に1回の(?)馬鹿騒ぎ。
今年は月曜の夜だったことで、結局金曜日から月曜日まで街は毎日パーティーの様相。友人の中には4日分衣装をそろえた人もいましたね。。。
この日、普段からかなり「なんでもあり」なSan Franciscoで、夕方から電車の中も仮装した人ばかりになります。目立つ仮装に身を包めば、あちこちから一緒に写真をとってと声がかかりちょっとした有名人気分をあじわえたり。
皆の目指す先はCastroのパレード。パレードは一瞬で終わってしまうのですが、その後もそこら中仮装した人が練り歩き、異様な熱気につつまれて夜中まで大騒ぎ。その中にどっぷり入って、変な仮装をした人をみて楽しむ、参加型イベント。
今年見た変わった仮装は
・貿易センタービルを模した二人組み。ものすごくかさばってましたが、一体どうやってCastroまできたんだろう。
・中国人のおじいさん。サンフランシスコダウンタウンに働くひとで知らない人はいないとおもわれる、変なプラカードを下げた中国人のおじいさんがいます。彼の真似をしてたんですが、ご当地ネタで大うけ。
・Candy Stripersといわれる、ピンクの縞々の制服を着てアメリカの病院でボランティアをする女の子たちに扮した私の友人たち。アフロのかつらを被って強烈なメイクをしたこともあってインパクト大。そこらじゅうから「見られて」有名人気分で踊りくるっていました。。。
私は、あるアニメのキャラクターに激似といわれておりまして、そのキャラクターの扮装をしたんですが、化粧が終わってみるとあまりにも似ていて自分でも驚きました。。。
以下、ちょっと内省的なので、ひとりごとということで。。。
この街に長く住む友人は不思議なほど年をとらない人が多い。
20代半ばの顔つき、生活のまま40の声を聞く人がこれほど周りに多くいることも今までなかった気がする。
たぶんそれは、「なんでもあり」のサンフランシスコにおいては、「どういうひとたちと付き合って」「何歳になったら学校を卒業して、働いて」「何歳になったら子供を生んで」という、「こうあるべき」というモデルを意識しなくても良くなってしまうから。
同じアパートに住むゲイのカップル。おそらくは50台の彼らだけど、毎日手をつないで通勤し、こちらと目があっても臆すことなくHi!と微笑む。アパートのジムでは一緒に汗を流し、ジャクージにつかりながらキスを交わす。あまりに自然で、それが生理に反したことだとか気持ち悪いとか私はもうおもわない。
40台なかばのシングルマザーの友人・白人女性。これから大学院にアプライしようとしている。ボーイフレンドは12歳年下のアジアンアメリカン。彼女もボーイフレンドも離婚暦があって子供がいるが、その子供たちの面倒は、ボーイフレンドの前妻が見ているそうだ。彼女いわく「わたしたちはとても良好な関係を築いているのよ」
恐ろしいほど美人で年齢不詳な中国系女性。彼女にはうんと年上で、お金持ちの旦那さんがいるが、一緒に遊ぶ若い男の子たちと常に恋をしている。男の子に限らない。彼女は完全なバイセクシャルで、この前はベンツの助手席に小鹿のような目をした美大生の女の子を乗せていた。
逆に言えば、結婚して、子供を二人産んだ、家もかおう、子供にちゃんと人生のレールをひいてあげよう、そうなれば皆Cityを出て行く。この「大人の遊園地」サンフランシスコの中に「家族サイズ」の家を買うのは、普通のサラリーマンの稼ぎでは不可能だ。1Bed Roomのコンドミニアムが1Millionすると街なのだから。気候も治安も環境も、子供を通わせる学校の学区のことを考えたって郊外の町のほうがずっと家族にむいている。そうやってCityを出て行った人たちは、不思議なほどCityに「よりつかなく」なる。車で40分の距離であっても、Cityであそぶのは(この界隈の人がCityといったらSan Franciscoのことをさす)年2回か3回くらいかな。。。という人が大勢いる。それは、物理的な距離以前に、このふわふわと現実離れした街から、心理的に遠くなるからだとおもう。
また、もし日本人であればさらに、海外在住という特殊性がその現実離れ感をあおる。
生まれ育った日本にいれば自分の所属してきた保守的なしがらみ=親・親戚その他世間というもの、というくびきから完全に離れることが難しい一方、海を隔ててしまえばそういうことを考えなくてすむ。アメリカという国は、基本的に年齢を問わないし、若く見えるアジアンはいつまでたっても若者扱いをされたりする。
去年、初めてパレードに参加したわたしは、ただただこの馬鹿騒ぎがたのしかった。アメリカでできた新しい友人たちとおかしな紛争に身を包んで、カストロの喧騒のなかを歩き回るのが楽しく、まったく疲れを感じなかった。
今年のハロウィーンもこのカストロにやってきて、喧騒の中、やっとありついたバーカウンターでビールを飲みながら、私は通りを流れていく人たちのことをちょっと覚めた目で見ている自分に気がついた。
「スペードの女王」の仮装をしたウェイトレスが、注文をとりにきた。両耳にはピアス、ショートヘア、低い声。たぶんレズビアンだろう。綺麗な女性だったが肌も手も荒れ、肩にちょっと疲れがみえた。フィッシュネットのストッキングのほつれを気にしている風でもない。おとぎの国の住人の、舞台裏を見てしまった気がして、ちょっと目をそむけた。
私は多分、このおとぎの国に永住できない人間だ。
そのふわふわした楽しみの反対側の孤独を、どうしても見てしまう。
かといって、自分が郊外で自分のちいさな暮らしをきずいて安定するのか、とおもうと、その絵も今は浮かばない。
欲張りで、夢見がちで、意外と小心で、でも人と同じであることは嫌い。
そんな自分も、このおとぎの国は、今のところ暖かくくるんでくれている。
マリワナの煙が鼻についた。こんなに警察官がパトロールに出ているのに、吸っている馬鹿がいるらしい。
むこうで叫び声。あっちで喧嘩だ、喧嘩!いっせいに走り出す高校生くらいのGang Ageの男の子たち。鋭い笛の音。
毎年、このパレードではどこかでShootingがおきて、誰かしら亡くなっている。それを知っていても人は集まるし、わたしもその馬鹿なギャラリーのひとりである。
私は来年も、ここでこのパレードをみているのだろうか?
翌日、車でカストロの交差点を通った。パレードの跡形もなく、まるで短い夢を見ていたかのように、街はいつもの表情をしていた。
ということで、見事に何もない街でのステイです。あまりにも何もないので、夜も仕事か、ブログのエントリを上げるくらいしかすることがありません。
そんなわけで過ぎ去ったハロウィンに関してのお話です。。。
1年に1回の(?)馬鹿騒ぎ。
今年は月曜の夜だったことで、結局金曜日から月曜日まで街は毎日パーティーの様相。友人の中には4日分衣装をそろえた人もいましたね。。。
この日、普段からかなり「なんでもあり」なSan Franciscoで、夕方から電車の中も仮装した人ばかりになります。目立つ仮装に身を包めば、あちこちから一緒に写真をとってと声がかかりちょっとした有名人気分をあじわえたり。
皆の目指す先はCastroのパレード。パレードは一瞬で終わってしまうのですが、その後もそこら中仮装した人が練り歩き、異様な熱気につつまれて夜中まで大騒ぎ。その中にどっぷり入って、変な仮装をした人をみて楽しむ、参加型イベント。
今年見た変わった仮装は
・貿易センタービルを模した二人組み。ものすごくかさばってましたが、一体どうやってCastroまできたんだろう。
・中国人のおじいさん。サンフランシスコダウンタウンに働くひとで知らない人はいないとおもわれる、変なプラカードを下げた中国人のおじいさんがいます。彼の真似をしてたんですが、ご当地ネタで大うけ。
・Candy Stripersといわれる、ピンクの縞々の制服を着てアメリカの病院でボランティアをする女の子たちに扮した私の友人たち。アフロのかつらを被って強烈なメイクをしたこともあってインパクト大。そこらじゅうから「見られて」有名人気分で踊りくるっていました。。。
私は、あるアニメのキャラクターに激似といわれておりまして、そのキャラクターの扮装をしたんですが、化粧が終わってみるとあまりにも似ていて自分でも驚きました。。。
以下、ちょっと内省的なので、ひとりごとということで。。。
この街に長く住む友人は不思議なほど年をとらない人が多い。
20代半ばの顔つき、生活のまま40の声を聞く人がこれほど周りに多くいることも今までなかった気がする。
たぶんそれは、「なんでもあり」のサンフランシスコにおいては、「どういうひとたちと付き合って」「何歳になったら学校を卒業して、働いて」「何歳になったら子供を生んで」という、「こうあるべき」というモデルを意識しなくても良くなってしまうから。
同じアパートに住むゲイのカップル。おそらくは50台の彼らだけど、毎日手をつないで通勤し、こちらと目があっても臆すことなくHi!と微笑む。アパートのジムでは一緒に汗を流し、ジャクージにつかりながらキスを交わす。あまりに自然で、それが生理に反したことだとか気持ち悪いとか私はもうおもわない。
40台なかばのシングルマザーの友人・白人女性。これから大学院にアプライしようとしている。ボーイフレンドは12歳年下のアジアンアメリカン。彼女もボーイフレンドも離婚暦があって子供がいるが、その子供たちの面倒は、ボーイフレンドの前妻が見ているそうだ。彼女いわく「わたしたちはとても良好な関係を築いているのよ」
恐ろしいほど美人で年齢不詳な中国系女性。彼女にはうんと年上で、お金持ちの旦那さんがいるが、一緒に遊ぶ若い男の子たちと常に恋をしている。男の子に限らない。彼女は完全なバイセクシャルで、この前はベンツの助手席に小鹿のような目をした美大生の女の子を乗せていた。
逆に言えば、結婚して、子供を二人産んだ、家もかおう、子供にちゃんと人生のレールをひいてあげよう、そうなれば皆Cityを出て行く。この「大人の遊園地」サンフランシスコの中に「家族サイズ」の家を買うのは、普通のサラリーマンの稼ぎでは不可能だ。1Bed Roomのコンドミニアムが1Millionすると街なのだから。気候も治安も環境も、子供を通わせる学校の学区のことを考えたって郊外の町のほうがずっと家族にむいている。そうやってCityを出て行った人たちは、不思議なほどCityに「よりつかなく」なる。車で40分の距離であっても、Cityであそぶのは(この界隈の人がCityといったらSan Franciscoのことをさす)年2回か3回くらいかな。。。という人が大勢いる。それは、物理的な距離以前に、このふわふわと現実離れした街から、心理的に遠くなるからだとおもう。
また、もし日本人であればさらに、海外在住という特殊性がその現実離れ感をあおる。
生まれ育った日本にいれば自分の所属してきた保守的なしがらみ=親・親戚その他世間というもの、というくびきから完全に離れることが難しい一方、海を隔ててしまえばそういうことを考えなくてすむ。アメリカという国は、基本的に年齢を問わないし、若く見えるアジアンはいつまでたっても若者扱いをされたりする。
去年、初めてパレードに参加したわたしは、ただただこの馬鹿騒ぎがたのしかった。アメリカでできた新しい友人たちとおかしな紛争に身を包んで、カストロの喧騒のなかを歩き回るのが楽しく、まったく疲れを感じなかった。
今年のハロウィーンもこのカストロにやってきて、喧騒の中、やっとありついたバーカウンターでビールを飲みながら、私は通りを流れていく人たちのことをちょっと覚めた目で見ている自分に気がついた。
「スペードの女王」の仮装をしたウェイトレスが、注文をとりにきた。両耳にはピアス、ショートヘア、低い声。たぶんレズビアンだろう。綺麗な女性だったが肌も手も荒れ、肩にちょっと疲れがみえた。フィッシュネットのストッキングのほつれを気にしている風でもない。おとぎの国の住人の、舞台裏を見てしまった気がして、ちょっと目をそむけた。
私は多分、このおとぎの国に永住できない人間だ。
そのふわふわした楽しみの反対側の孤独を、どうしても見てしまう。
かといって、自分が郊外で自分のちいさな暮らしをきずいて安定するのか、とおもうと、その絵も今は浮かばない。
欲張りで、夢見がちで、意外と小心で、でも人と同じであることは嫌い。
そんな自分も、このおとぎの国は、今のところ暖かくくるんでくれている。
マリワナの煙が鼻についた。こんなに警察官がパトロールに出ているのに、吸っている馬鹿がいるらしい。
むこうで叫び声。あっちで喧嘩だ、喧嘩!いっせいに走り出す高校生くらいのGang Ageの男の子たち。鋭い笛の音。
毎年、このパレードではどこかでShootingがおきて、誰かしら亡くなっている。それを知っていても人は集まるし、わたしもその馬鹿なギャラリーのひとりである。
私は来年も、ここでこのパレードをみているのだろうか?
翌日、車でカストロの交差点を通った。パレードの跡形もなく、まるで短い夢を見ていたかのように、街はいつもの表情をしていた。
by lat37n
| 2005-11-01 09:30


